【第一話】 バンブーロッド

子供の頃、横浜の下町に住んでいて、徒歩15分ぐらいの所に海があり、当然のように遊びのなかに釣りはあった。
当時(昭和30年代)横浜の海は今よりずっと汚く、夏ともなれば悪臭が鼻をつく。
でも、八月ともなれば、ハゼの季節だ。
釣竿なんてもちろん、生活保護世帯の二男坊には買って貰えないし、買ってもらおうとも思っていなかった。
自分で作るのだ。当時いくらでも竹林はあったし、子供がいくら切ったところで怒るような大人はいない。
最高なのは布袋竹。根から掘ってきて手元を残し、下半分を先端にゆくほど細くなるように削り取る。
針金でガイドとトップをつくり、手元に二本の小さく削った竹をさして、そこにテグスを回しかけて道糸のストックとする。
ナマリは買ったこともあるし、無ければそこらにころがっている水道の鉛管が代用になる。
餌のゴカイは海に近いどぶ川で掘れる。
針だけは買うしかなかったので貴重品、飲まれたら魚をぐちゃぐちゃにしたって必ずはずす。
釣り場は中央卸し売り市場岸壁。牛のトサツ場があって、「内臓を海に捨てるからハゼがいっぱい集まるんだ」と聞いてはいたが、トサツの現場を見た事はない。
見たという悪ガキが、演出たっぷりに牛の死に様を解説するからとても怖くって行けっこない。
真偽の程は定かでないがハゼがいくらでも釣れた事は事実。
釣った魚は捨ててくる。臭くてとても食べられないし、一人で行った事がばれたら叱られるに決まっている。
ハゼ釣りをしていると、ときどき大物(セイゴか鯔)が掛る。
これが面白い。子供の小さい体は魚に振り回されてスリル満点。釣り上げれば周りの大人達からヤンヤの喝采。それでやみつきになる。
釣り道具は親には内緒、秘密の場所に隠してある。

七つ年上の兄はなぜか高価な釣竿を持っていた。
断面を三角形に削った竹を6枚張り合わせて造ってある二本継ぎのバンブーロッド、当時では高価だったリール付きの六角竿。
歳が離れているので、遊んでもらった記憶はほとんど無い。
ある時、そんな兄がサバ釣りに連れて行ってくれるという、場所は通いなれた市場岸壁。そしらぬ顔でついてゆく。胸を病んでいた父も一緒だ。
サンマをかみそりで捌いて短冊切りにする。針にちょんがけにして魚の回遊を待つ。
やがて群れが廻ってくると、先の方で釣っている人から順番にバタバタと竿が曲がる。
最初は兄が釣って、次は竿を持たせてもらう。ワーっと叫びながらオーバーアクションで釣り上げる。
父は笑いながら見守っている。
本当は30センチやそこらの魚は余裕で取り込める。
弟に釣らせてやった満足感と父の目の前で弟の世話ができた誇りで上機嫌な兄は、「すごいだろ!すごいだろ!」を連発する。
それに応えて大げさによろこぶ私。

50年たった今でもその話は親族の酒席で出るが、抱え込んだ秘密は私の心の中。
釣りの帰り道、バンブーロッドが私のものになったのは言うまでも無い。

【第二話】 へつづく