タモーラがやってきた

 今回お世話になった、オートトレーディングルフトジャパンへ午後引き取りに向かう。タヒチブルーと呼ばれる、比較的明るい紺のタモーラが待っていた。
 お店の人にとなりに乗ってもらい、近くを一回り。無事に帰れるのかと少し心配しながら、となりのガソリンスタンドで給油の後、帰途につく。これは帰りの室津PAでの写真。少々薄暗くなってきたので早く帰ろう。
 3,000回転までなので、加速に感激的な刺激はないけど、ハンドリングは今までの経験にないほどクイック。スポーツカーだ。


  内装はこんな感じ 実際
  はこんなに赤くはない


35タイヤはかなり扁平

3200GTも35なのだけどこちらの方が薄く見える。元々60を無理矢理35にしているからブレーキは見た目は貧弱で踏んだ感じは今までのどれもと違う感覚でダイレクト。
オープンカーだからオープンで走りたい。でも、タルガトップのスタイルになる天板を取り外し、トランクに納まるはずだが、入らない。マニュアルには「簡単」て書いてる(アシスタントがいれば"easier"だって、昨日は4人いたけど)
お店では開けられたエンジンフード、帰ってからはどうしても開かない。電話で開け方を教えてもらい、やっとみられたスピード・シックス。FRP製のボンネットはフニャフニャ。割れちゃいそうだ。開くのにアクロバット的体位を要す。
                    (3rd Apr., 2004)


今日がほんとうの初乗り

 納車日は「車を運搬した」ので運転したのじゃない。
だから、今日が乗り始めとなる。天気予報では下り坂とのことだったが、結構いい天気だ。緊張しながら、教えられた手順を思い出す。まずセキュリティーを解除、クラッチペダルを踏み、キーを一段階ひねるとメーター内のモニター類が点灯、さらに燃料ポンプの作動音を確認。さらにひねりセルモーターは回転したが、エンジンは掛からない。
 「あれ?失敗するとプラグかぶっちゃうって言ってたよな」 気を取り直し、30秒くらいおいてから同様の操作をし、今度はアクセルペダルを心持ち踏みながらセルモーターを回したら、あっけなく簡単にエンジンが掛かった。ひとまずホッとする。走り出すと先日は気づかなかったが色々な所から発する雑音が耳に入る。窓を開けるとエンジンと排気音しか聞こえなくなり、この方が快適。洲本インターでETC作働を確認。淡路島南ICで高速を降り、ここと阿那賀との間を複数回往復してみた。

シート → 腰は痛くならないし、見た目もかっこいいが、全くホールドしてくれない。
突き上げ → 18インチ35タイヤの割に突き上げ感はあまりなくいい感じ。ハンドリングはほんとにクイック。これに乗るとシャマルでもあれは乗用車的だと思う。

ブレーキ → サーボに慣れたものには恐い。ぐっと踏み込まないと止まらない。実際には効くのだろうけど

オルガンタイプのペダル → 全く問題なし。フットレストが欲しいが、スペース的には無理。
 



重いクラッチペダルのシャマルで6速に慣れたら、5速は物足りないなあ。もっと意味がないといわれてもカチャカチャやりたい。
3,000回転までだから、加速感とかトルクとか何もまだわからない。1,060kg/350psだからもう少し回せるようになればすごいんだろな。
入学式の季節、さくらの木の下で写真を撮り帰る。
                   (7th Apr., 2004)

やっぱりマニュアルは読むものだ

マニュアルっていつもよく読まないのが、悪い癖。でも結構なんとかなるので、いつも困ってからあわてて項目を探すことになる。今回のタモーラの場合、それが「何とか」ならない。そして、ないだろうなと思っていたマニュアルがシステム手帳に綴じられている。以外だった。これだと持ち運び可なので暇なときに眺めている。新発見がいっぱいだ。
両メーター間にあるLCDディスプレイはこの車に似合わず結構すぐれもの。ここは何とか辞書なしで理解できた。右側のタコメーターは反対に回転する。内部に見えるの3個の警告灯はセットした回転数になると点灯するらしい。つまり、ならし中の回転数とかも設定可能。ということで、今は3,000回転までしか回せないので、ひとつのランプを3,000rpmに設定した。

先ほどから読んでいる「水・油関係」のところでは笑ってしまったり、感心したり。たとえばラジエータークーラントレベルの確認は「キャップをはずして見えるかどうか」「見えなければ10mmほど見えるまで補充」って事だよね。オイルレベルの確認はふつうのやり方だが、1,000マイルまでは10W30、6,000マイルまでは15W40、それ以降は10W40と指定が細かい。セキュリティーについての記載はよく理解できなかった。聞くところによると誤作動でけたたましい音を発することが結構あるように聞いている。しばらく英文マニュアルを楽しもう。


ならし運転にも細かい指示があり、avoid driving at constant speed within the first 300 miles. ってことは、高速で一気にならしをすませるのはダメ?


ガソリンの注入口はトランクを開けると、その左前方にある。逆流防止の弁はついているがキャップの直下で、これでは吹きこぼし必至。 納車直後の給油は、ディーラーとなりのお店で、なれた人に入れてもらった。次からはどうしよう。セルフの所に行こうかな。

専用ジャンピングコード。
バッテリーは左前輪の後方に位置する。エンジンルームなどからは見えない。車体が低いのでもぐり込みも出来ず、バッテリーを見るためにはリフトアップが必要。このためジャンピングコードはこのようにコンセントのような専用のコードが必要。差し込むのもちょっとコツがいる。 

                    (12th Apr., 2004)





filler neck ?

結局、写真のように注入口から 7mm 程度の所までクーラントを入れた(バスクリン色)。
しかし、neck ってこの下のくびれのところの意味かな?まあ、多すぎてもオーバーフローするだけだから、少ないよりましだよね。
電話で聞いたディーラーのサービスマンも、どこのところを意味しているのかわからないって。     (14th Apr., 2004)






タルガトップのゴム

取り外したタルガトップの裏面、つまり乗車中に見上げたところはこのようになっている。トヨタ流で言えばアルカンターラ、つまり東レのエクセーヌがオプションで貼られている。レスだとFRPむき出し。
それはどうでもいいが、この両端、つまり両サイドのウインドウが上がりあたるところにゴムがある。
← 上の写真で右下の角

      このゴムの拡大 →
このゴム(なんて言うのかな?)がなんと破損してしまった。取り外したタルガトップはトランクルームに納まるはずだが、なかなか入らず。ディーラーの人も「ワンポイントをとらえないと入らないんですよ」なんていいながら、無理矢理押し込もうとしているのを「次の宿題にしましょう」ってとめたほど。
車庫であれこれやって、マニュアルの反対の方法をしたら出来、やっと収納することが出来るようになったが、このさいこのゴムを破損してしまった。こんな断面のゴム(ワイパーのゴムだけ交換のような差し込み方をする)って、どこかに売ってるのかな?
                                      (17th Apr., 2004)



シフトレバー横の警告灯

 納車時からのことだけど、シフトレバーの左側に2個の警告灯。前方はシートベルト未着装のもの、後方のは「MIL」とあり、ずっと点灯しっぱなし。マニュアルの写真には、ここには警告灯がなく、もちろん記載もない。サービスのひとに聞いたら「エンジン制御センサーですね」「???、MILって何の略ですか?」「うっ、今わかりません。点検時にきっちり調整しますから」ってことで、そのままになっている。
 この写真のついでだけど、オーディオ右の縦に2個ならんだボタンは、右側パワーウインドの上下ボタン。この右は右側のドアオープンボタン、左側も同様だがさらにその左は集中ドアロックボタン。
有名になった外側のドアオープンボタンはサイドミラーの下に隠れてる。(写真は後日)

                                (18th Apr., 2004)


初回点検から帰る

 納車から約2ヶ月、オドメーターが1,000kmに近づいたためにはじめてのオイル交換と初回点検に出していたタモーラが帰ってきた。車庫にいるだけで何か嬉しい。

@ オイルはAgipのMastia(5W-50)を6L。
    3200GTと同じ量だけど、結構安い感じがする。セレーニャが高すぎる?

A MILランプ点灯は、大気圧センサーの接触不良だった。
    ところでMILって何の略か聞くのを忘れた。

B 走行時、右ドアの軋み音がハデだったけど調整にて消音。
    これはかなり快適になった。これが聞こえないように窓を開けていた。

C クラッチペダルの位置調整をしてもらった。
    クラッチミートの場所が手前になり、短足の僕にはよくなった。
    しかし、再度調整要(これは自分で出来そうだ)


D ジャッキアップするときのポイントを聞いたが。
    「ありません」って返事。そーですか(妙に納得)

そして何より嬉しいのは

E トランクのヒンジを加工することにより、開く角度が大きくなり、タルガトップの収納がスムーズになったこと。これまで無理矢理トランクルームに押し込んでいたのが、すっと入るようになったのには感激した。これでオープンで走る機会も増えると思う。 
                                      (3rd Jun., 2004)


 ← ヒンジの加工前
          加工後


タルガトップがすんなりとトランクルームに納まるようになった。嬉しい!





フィアット'62ムルティプラ

 最近TAKEさんが手に入れたムルティプラ(現行のじゃないよ。1962年製)この梅雨の中、もちろんエアコンなしで奥様・お嬢様をこれに乗せて来るのはやっぱり「ただものではない」お嬢様は「バスゥ」って言ってた。
文句なくムルティプラ(マルチパーパスなの?)かわいい。
 写真は撮れなかったが、一番後方に扇風機が前向きに鎮座。この後、屋島に上ったが、2速に入れるのが精一杯とのこと。今日ははじめての遠出で、瞬間最高時速100km/hを下りで記録したとか。
 一方、僕のタモーラはこれまでに経験したことのない豪雨での走行、もちろん室内・トランクルームへの浸水は覚悟していたが、全く大丈夫だった。通常の幌じゃなくFRPに布を貼ったルーフだから?でもしっかり隙間は目視できるのにね。
冗談半分でポータブル除湿器を使って除湿中。「水取りぞうさん」は現在3個稼働中だが、1か月でやっと満タン。今の湿度を考えると効果は???、まるめた新聞紙程度かな。
前に除湿器で失敗したので、昨日使いやすそうな小さいポータブル除湿器を買ったこと、白状します。                               (27th Jun., 2004)


土砂降り、攻めた、かっ飛んだヒトも。

 楽しみにしていたツーリングの朝、雨の音で目が覚めた。なんでタモーラでお出かけの時は雨なんだろうと思いながら、午前中の仕事をすませた頃、奇跡的に晴れ間が広まった。


 集合場所では暑いくらいにまで天気は回復、ロードスターはオープンにして走り出した。しかし、途中からは再び雨、彼がオープンにしているのを忘れて先頭の僕は走り続けてしまった。途中、2回の休憩をとったが、話が弾みなかなかみんな動き出さない。あれやこれや楽しみながら湯村温泉に到着。宿泊予定の施設(旅館じゃない)の手違いがあり、予約は聞いていない言う。その辺の処理には慣れている某君が、支配人と交渉。残りの3人はどこを「落としどころ」にしようかと考えていたが、彼は主張は押し通し、他の旅館を紹介させ、食事好条件でおみやげまでいただいてしまった。

 翌日は朝から青空が広がり、蒜山高原へと向かう。休憩場所では相変わらずそれぞれの車をのぞき込み「うだうだ」(これはどこのミーティングでも同じだけど)ここから大山方面に向かう。前を行く F君が必死にコーナーを攻める。

そして2番手が「あおる」するとさらにF君がかっ飛んで行く。後で聞いたら、先行車に追いついてスピードダウンしたら先行の2人ともほっとしていたとか。次からは2番手は少し離れ、余裕をもって追いかけようと紳士協定?が成立した。帰りの高速、米子道は対面通行のところがあり、先行する黒メタ・ポルシェ氏とこの時の2番手の僕とが離れてしまった。中国道に入ってからは必死で追いかける。何回も何回も黒い車に追いつくけどポルシェじゃない。約束していたSAの駐車場に到着。顔を見たとたんに彼は余裕の表情で「割と早かったね」だって。その直後に本線でスカイラインのパトカーがサイレンを鳴らし、走って行った。「やっぱりあんなんもおるで〜」ってことで、ここで皆おみやげを買い求め、おとなしく帰路についた。
 帰ってすぐにタモーラの汚れを落とし、入浴後は楽しい週末を過ごせた充足感と程良い「疲れ」でいつの間にかソファーで眠っていた。


 さすがにポルシェ、これまで一緒にツーリングに出かけたことはなかったが、今回この後ろ姿を見て走り、そして2台が4WD(turboとカレラ4S)であることもあり、この安定感には改めて感心した。
 そしてマツダ・ロードスター、他3車の半分にも満たない排気量で同じように走り、軽量ゆえにそれ以上に楽しめる車であることを再認識。あとはドライバーの減量でさらに速く。


 SAでの休憩は話が弾みなかなか出発出来ない。なぜだろうと考えたら、以前によく出かけたバイクでのツーリングを思い出した。ひとりで乗っていると、孤独な運転中に見えた事、感じた事をきっと話したくなるのだろう。今回もこれと同じ。右の写真はその一コマ。いつもの表情とは全く違う。 また行きたい。

                   (10・11th Jul., 2004)




カメレオンペイント

 何とも不思議なカラーである。神戸ATLのショールに展示されていた'02年のCerbera、はじめてお目にかかった。写真ではよくわからないかもしれないが、Aピラーやバックミラーの所は淡いブルー、ルーフからCピラーにかけては淡いグリーンに見える。もちろん見る角度を変えると連続的にその部分の色は変化する。どのような仕組みになっているのだろうか?そういえば、となりに置いてあるT350cもこれよりもさらに淡いブルーとクリーム色に変化するのに気がついた。
 この車をオーナーはどんな気持ちでカメレオンペイント(マジョーラカラーとも言うらしい)を選んだのか。ちょっと興味が湧いた。いずれにしても目立つ車だから、それなら、この色でも後方に見えるタスカンのような真っ赤でもいいのかも。      (1st Sep., 2004)


オイル交換など

 そろそろ2回目のオイル交換かなって思っていた頃、リアナンバーの取り付けがグラグラになっているのに気付くが自分では治せなくて、これでは脱落紛失の可能性があるので入庫となった。 ( 2,459km )

@ オイルはAgipのMastia(5W-50)を6L。前回と同じ、これでさらに回転を上げられるぞ。

A エンジン始動時、必ず油圧計の警告音(hi-pressure)が鳴っていたが、これは実際に高圧にはなっておらず、ECU交換(!)となった。

B a/c fault の警告については涼しくなり、再現性がないのでわからないが、エンジンルームが高温となり、ガス圧が上昇、安全のためにコンプレッサーが停止したのではとの回答。なるほど納得出来る。7月に事故をおこした原発より賢い。でも今日の帰りも高速を降りて、一般道を走ったら、警告され、コンプレッサーは仕事を放棄した。

C もちろんナンバープレート・ホルダーの固定。

D その他、軽微なトラブルの整備。

 帰りは少し雨に降られたが、淡路に入ってからは再び天気が回復、気持ち回転を上げながら帰った。
せっかくきれいにしてくれていたタモーラ、雨で汚れたために帰ってすぐに洗車をすると、左リアホイルアーチ内の樹脂製のカバー?がボロボロ剥がれてくるのに気づいた。

 まあ、FRPだから雨での腐蝕はないだろうから、次回に治してもらおう。               (11th Sep., 2004)


ENGINE誌

・ TVRの何がダメって150km/h以上では怖くて走れない。
・ ダイレクトな感じが、レーシングカーの雰囲気がある。
・ いつ壊れるかわからない、町中のレース屋さんが作ったレーシングカー。
・ TVRに乗りたい人と声を発してもレポーターは「しーん」。
・ これが180万円だったら買う。S30(初代Z)だと思えばいい。
・ ポルシェの理性とは最も遠い位置にある英国の凶獣。
・ 走行中、ステアリングホイールのセンターがひとコマ、ガタンとズレた。
・ 対油ホース使ってない。うっかりするとこの車アブナイですよ、このクルマ。
・ わざとコーナーの限界を下げている様な気がする。
・ だいたいドライビングポジション、シフトの位置が全然手前。
・ ブレーキのフィールはたぶん一番いい。
・ どれだけ踏むとどれだけ効くのがわかりやすい。
・ エンジンの感じ、ダイレクト感とか、滑り出したときのコントロール性はものすごく楽しい。
・ 森慶太さん、スポーツカーとは?「今は TVR と思います」
                                         (28th Mar., 2005)


JAF ロードサービスに感謝

 SCC第3回ツーリング、これまでとは違い、ちょっとハプニングが。土曜午前中の仕事を終え、前回のように集合場所の緑PAで、996 turbo と 996 4S のお二人と合流。今回はスペシャルゲストを誘ったので、室津PAでBig Hornと合流、さらにロードスターの待つ京橋PAへ。ここからは快調にとばし、夕方6時半ごろ鳥羽のホテルに到着した。1日目の全行程をオープンで走った。高速では風切り音がうるさくて、GPSレーダーが何を言ってるのか分からない。
 でも風の巻き込みは思ったほどでなく、法定速度×2でも大丈夫だった。またBig Hornの速さには驚いた。到着まで一度も僕の視界から消えることはなかった。(もちろん改造済み、前日に排気系が仕上がったとか)

 2日目はあいにく小雨模様。パールロードから五カ所浦に向かい、ここから普通はサニーロードというのをとおり北上するのが通常らしいが、その東側に五十鈴川に沿って伊勢神宮の内宮に続く、県道12号という道を走った。
路肩が崩れ 狭いところをみんなで誘導

 台風により途中、道が崩れており通行止めになっているのに、パイロンや黄色い三角の柵をどけながら強行突破。木の葉や枯れ枝に加え、斜面から崩れ落ちた角の鋭利な石がゴロゴロ転がる狭い道を、ペースメーカーのロードスターが変わらぬ速さで突っ込んでいく。
前回の高野山周辺の走りを思い出しながら
ぶる気分を楽しむ

 終点に近づいた頃、何かタモーラのハンドリングがおかしい。「ふわふわ」するような落ち着きのない挙動をしめし、ついて行くのが怖くなった時、ちょうど前を行くロードスターが伊勢神宮の混雑を避け手前で停車。降りて見ると左前のタイヤがバースト。もちろんスペアタイヤはなく、応急修理剤もバーストには何の役にも立たない。仕方なく JAF に救援依頼した。 また、色々なタイヤ屋さんに電話して在庫を確認するが、現在のグッドイヤーどころか225/35R18のサイズがない。仕方なく川内タイヤという所に搬送してもらい、なるべく近いサイズで自走し、帰れるようにしてもらった。



              傷ついたリムと裂けたサイドウォール



車高の低い車も安心
ほぼフラットになる積車部
桜の中を乗せられて行く
MR-Sの人が見ている
低車高のためジャッキが入らずタイヤから持ち上げて

さすがに35タイヤは薄い
 元々のものがタイヤ外径616mm、これに近いのが215/35R18で外径が607mm。つまり9mm小さいサイズということになる。ヨコハマタイヤの DNA S drive という銘柄である。運転しても全く違和感なく140km/h程度でも問題なかった。

 ようやく帰れるようになって、急激におなかが空いてきた。目についた鰻屋さんに入る。そういえば鰻屋は三重県が一番多いって知人から聞いたことがあった。ムチャクチャおいしかった。創業大正15年だそうだ。こんなのまた食べたい。
           伊勢市宮町・いな妻(0598-28-2894)

21時過ぎに無事に帰宅。走行約670kmだった。
このようなトラブルもいい思い出に。
            
お世話になった JAF 三重支部・伊勢基地の村田敦司さんに感謝します。
                               (9・10th Apr., 2005)




3台の TVR

 最近お知り合いになったTVRの二人に会うため、和歌山県・御坊市にでかけた。写真はこの時のひとコマ、T350c・Tamora・Tuscan。こんな写真は二度ととれないと思う。これだけでも今日参加した甲斐があった。


 自分以外のTVR車をディーラー以外で見るのは初めて。

 タスカンのなまめかしいボンネットの曲面。よく磨着込まれたかれたシャープな顔つきのT350c。


 今回、参加させていただいた「紀州ロータスクラブ」は、毎月第3日曜日に定例走行会を行っているとのこと。さすがに和歌山はワインディングロードの宝庫。そして通行量は少ない。昨日は近くでキャンプ、BBQで盛り上がった翌日の走行会。みんなさすがに若く元気だ。

 スーパーカー、エスプリ。このクラブには異なる4車種が在籍とか。

 最終型エリーゼT、これ欲しかったな。岡山KAWAHARAのステッカー
 エクシージ、こちらのクラブのホームページを管理されている。トンネルにはいると必ず全開。  奥様と参加されている方が多い。見事な教育をされているのだろうな。
 テールをスライドさせヘアピンをクリアーしていたケーターハム

 ここの会長さんのバーキン。このクラブにはもう一台のバーキンが在籍。

 セブンの後を離れず走り、後ろの僕との間を広げるコペン、なんでこんなに速い?

 やっと会えたsengoku さん
唯一のイタ車MASERATI 222 4vでの参加。

 また、おじゃまさせてください、ニードルマウス様!     (15th May., 2005)



残り燃料 なし

 昼休み、今週末は天気が悪そうなので今日のうちに乗っておこうと車庫に向かう。エンジンキーをひねると、「ピー」っという警告音とともに、ディスプレイにダブルの警告。
 リセットして、別の表示方法にしても fuel はゼロ。
前からの頻回の fuel sensor 警告もあり、あきらかに「壊れて」いる。その後100 liter、81 liter と表示されたのにもびっくり、「そんなに入いらんょ」。
 困ったことに、 trip meter も ゼロ になってしまうこと。怖くて遠出が出来ない。

 他の所は全く問題なく、気持ちよく走ってくれているのに、こんな事で気分を害したくない。たいしたことでなくても、やっぱりどこか悪いと気になるものだから。

 ところで ECU の下に「相手」のないカプラーが3個もぶら下がっている。何よこれ!だいじょうぶか〜?

                   ↑ 

   点検時パソコンへの接続するためのカプラだった。





    (10th Jun., 2005)


クルマ仲間で「うだうだ」と

 食事予定の民宿は、淡路の西の端。僕の所からは近いのだけど、せっかくのオフ会なので、神戸方面から来る人たちを迎えに、淡路SAに向かった。みんな時間前には集合し、初対面の方々もすでにそれぞれをのぞき込んだり、しゃがみ込んだり。これはどこのオフ会でも同じ事。
 ここから淡路島を縦断する高速は、僕はどこよりも楽しく、景色もいい所だと思っている。取り締まり場所を確認後、淡路島南パーキングに向かう。いいペースで走っていたが、急にT350c が減速しバス停に避難。すぐに走り出したが、後で聞くとサイドウインドウの上端がルーフにあたる所からはみ出した???とのこと。何かズレている。
 さすがにシャマルは速い!180km/h 程度で走る僕の右を、かなりの速度差で追い越していったから。急加速時には4本のマフラーからカーボンとともにオープンで走る僕の所に、オイルの焼けるいい匂いが・・・。シャマルの後ろ姿、やっぱりースーパーカーだ。

 とても気分良く走り、残り7kmほどのところで、覆面パトカーに追いつく。以前に緑蛙さんを捕まえたヤツだ。これに先導させ(!)、約束のパーキングに到着。まもなく前日から来られていた2台の方々と合流。写真のような大鳴門橋を望む、ひなびた漁港に8台を並べた。ここから民宿へは歩いてすぐ。

 楽しい会話とおいしい食事。これがオフ会の魅力。タスカンのオーナーが、持ってきてくれた貴重なTVRのカレンダーを皆で拝見していた時、民宿のおばちゃんものぞき込み、タスカンのことを「なにこれ、虫っ!」って叫んだのが最高。
 ゆっくりと、今が旬の「はもすき」をはじめとした、漁師さんの民宿ならではの食事を楽しんだ後、大鳴門橋の袂にある道の駅へ。ここで再び歓談ののち、淡路島南IC入り口で解散した。皆は高速で、僕は地道を走り帰った。オフ会世話役といいながら、いつもの様に食事会場の予約しかしていなかったが、皆さん楽しんでもらえただろうか。
 今日参加のマセラティー3台、ギブリ・シャマル・3200GTとも、もちろん違う個体だが、かつて僕の手元にあった車種。皆さんそれぞれ、大切に乗られている。今では、僕の所にはあれほど思いを寄せていたマセラティーはいなく、節操のない自分を感じた日でもあった。

                                       (19th Jun., 2005)




大雨警報の四国カルスト

 今回、第4回SCCツーリングは高知方面。鳴門大橋を渡り、強くはないが止むことのない雨の中、対面通行の多い徳島道・高知道を辛抱強く進む。これまでのツーリングより距離は短いので、余裕のホテル到着かと思っていたが、やはり途中の休憩所での話が長い。夜のごちそうのため昼食をとってない某氏は、耐えきれず大きな「みそ田楽」を・・・ガブッ・・・。上あごヤケド。これが夜の料理に微妙に影響?
 
 ホテル到着しても、立体駐車場へターボと4Sを入れるのに苦労した。駐車パレットと後輪との隙間は左右合わせて4cm以下。4台入れるのに30分ぐらい、駐車場のおじさんとあれこれ楽しんだ。入ってしまえばホテルといえども、露天駐車よりはよっぽど安心。特にタモーラを一晩、雨の中に置いておけば、あの大きなボンネットエアダクトからの雨が直接 speed six を濡らすから。

 今回、ツーリングの目的のひとつは、今が旬の「カツオ」をめいっぱい食べること。
 F君がツテを辿り、紹介してもらった隠れ家的お店、某ビル4Fにある「わが舎」(わがやと読む)で皿鉢料理じゃなく、このお店の女性オーナーの料理を十分に楽しんだ。もちろんカツオにはたくさんのニンニクを添えて、ガブッ。明日は仕事ないもん。

 こうなれば後は、ただの酔っぱらいのオッサン4人。街中で、女の子のグループに「はりまや橋」はどこ?を繰り返す。初めは皆、親切だが、後ずさりしている。5グループ目に声をかけようとしたら、その後ろから巡回中の4人の警官。ここでも「はりまや橋」はどこ?ホントに親切なお巡りさんで「がっかり名所のひとつだよ」って教えてくれた。高知の繁華街は、思った以上に若い人であふれ、にぎやか。博多のような屋台もたくさん出ていた。
   楽しい一夜を過ごした翌朝、しっかりと雨は降り続く。天気予報では愛媛中部に大雨警報。メンバーのひとりが「カルストって雨で溶けるんじゃない?」 一同「うぅーん」とか言いながら、四国カルストに向け出発した。
 途中、四万十川源流に近いところにある「道の駅」でおみやげと、道路情報を得る。考えていた「幹線林道」がやっぱりいいらしい。
ほとんど車の通行がない国道197号線を西に向かう。目標は天狗高原だが、先ほど聞いたように、この標識を無視して直進し、目的の「幹線林道」に入る。ここから天狗高原への約20kmのワインディングは、もう最高。S氏は「この3ヶ月のストレスが吹き飛んだ」と。
 一気に登りつめたため、途中の写真はない。たぶん誰も写していないと思う。それほど、運転に集中できた。贅沢を言えば、路面が乾いていれば最高だけど。でも濡れたワインディングの方が刺激的。PSM+4WDの安定性はうらやましいが・・・。
 ここから尾根沿いに10数kmのカルストが続くはずだが、霧(雲)のためほとんど景色を楽しむことなく、愛媛側に進む。途中の川はさすがに大雨警報発令中とあり、茶色い濁流が見えた。あの「幹線林道」の余韻を楽しみながら、松山ICから松山道・徳島道へと帰路についた。
 飲食店、観光地、ホテルその他なんでも大切なのは、訪れた人がリピーターとなるかどうか。過去4回のSCCツーリングでは、すべてリピーターとなりたいと思うような楽しさ。場所ももちろんだが、これも趣味の車を通じて、すばらしい友人と行動出来たおかげ。もう、次のツーリングを思い浮かべている。                      (10th Jul., 2005)





大回転 270度

 タモーラとの別れは突然やってきた。日曜の午前、家族はそれぞれに出かけたので、僕もタモーラで、いつものようにうずしおラインへ向かう。
 夏休みのために車が多い。前者との間隔を広め、コーナリングを楽しむために車をいつもの待避所で止め、頃合いを見計り、リスタート。200mほど先の左コーナーの出口でアクセルを踏んだ時、トラックからの排水(鮮魚の輸送車または冷凍車からの)が路面に広がっているのが見えた。

向こうからこちらに向かう左コーナー
   出口の日陰のところに液体が・・・。


 このとたん急激に後輪はグリップを失い、一瞬にして目の前には道路左山側斜面の雑木林。ここに正面やや右前面から激突。ここでいったん跳ね返され、さらに180度回転し、今度は反対車線のガードレール下に少し潜り込み、少し跳ね返され、路肩に乗り上げた状態でやっと停車した。

        タモーラのフロントが雑木をえぐり取った →
 身体へのダメージは無いようだ。比較的冷静にエンジンの始動を試みるが、セルモーターは回るもののかからない。押して動かそうとするが、フロントのサブフレームが路肩に乗りかかるようになっていてこれもダメ。一車線を塞いでしまっているため、夏休みの観光客に迷惑をかけている。仕方なく、110番通報。
FRPボディーのいたる所にキズとクラックが入る  右にカウンターをあてたまま

 結局はレッカー車を呼んで移動してもらった。今回タモーラの車積は4輪のホイールをつり上げるという方法をとった。なるほど、こういう方法もあるんだな。
   ホイールにはロープじゃなく、廃車になったシートベルトを利用しているとのこと。なるほど、強度的にも十分でホイールやボディーへの二次損傷の危険が少ないって言っていた。念のため一回使ったらベルトは交換しているらしい。今回タモーラの損傷程度は現時点でよく分からないが、全損ではないまでも、かなりダメージを受けている様子。
 タモーラの廃車を決めた。僕がケガをしなかったことで「よし」としよう。運転の未熟さを改めて知らされた乗り始めて1年4ヶ月、走行7,000km余り。楽しさのあまりに、油断があった事に間違いはない

             ごめんなぁ 「僕のタモーラ」
                                         (7th August, 2005)







この期間、事故と自動車保険の仕組みについて、さらには
色々な業者の存在することなど、たくさんのことを学びました。





my second Tamora

 タモーラ復活の日、ついにこの日がやってきた。なくしてしまったタモーラの後、やはり僕に充実感を与えてくれる車を探していた。いくつかの候補と数台のタモーラ。その車はお世話になっているディーラーにいた。
GTS blue pearl という色の
my second Tamora

top は black

シート表面はアルカンターラがおごられている

サンク大阪サービスにて
 サンク大阪サービスの松本さんのご好意による、アーシングを施工されたこのタモーラ。ディーラーで受け取り、助手席にディーラーの方に乗ってもらい近くに出かける。しかし、数ヶ所に不具合を認め、このままディーラー近くにあるサンク大阪サービスに預けることにした。
 この後、電車・バスを乗り継ぎ3時間をかけ帰宅した。今日は乗って帰ることができななかったが、再びこの車を自分のものに出来たことをとても幸せだと感じている。帰る途中、神戸・三宮でビアホールに入り、「お前、よくやった」って自分を褒め、ひとり乾杯した。
                                      (24th September, 2005)



タモーラ ・イズ ・バック
(もちろんゴルフGTIのパクリ

 納車時のいくつかの不具合が解決し、本日 my second Tamora を引き取ってきた。ここでこのタモーラの素性を整理しておく。
 2002年製、いわゆる前期型で、前の後期型との違いはフォグランプの形状(後期型は大きい)が違う。これとホイールのセンターキャップのTVR文字の有無ぐらい。他に見たことのある前期型は、ボンネットのエアーダクト付近など黒色の塗装だったけど、この車は後期型と同じ同色だった。当時のオート・トレーディング・ジャパンが輸入し、大阪店に置かれたが縁なく、今まで「売れ残ってしまった」個体だ。色は明るいブルー、トップはおきまりの黒、内装も基本は黒で、シート座面と背部、ドアの内張ととルーフにブルーのアルカンターラ。
 この車は my first Tamora がつくられる2年以上前にすでに大阪にいた事になる。どのような気持ちで、オーナーが現れるのを待っていたのだろうか。

      3200GTもタモーラもいなくなり、がらんどうになっ
      ていた車庫にとりあえず納まったタモーラ。
      当然だが、まだ違和感がある。

 今日、サンク大阪サービスから乗ってきたファーストインプレッション。もちろんエンジンの回転は上げていないが、排気音は静かに感じる。左右ドアとボディーの「チリ」が少ない。先日足車としてうちの一員となったPOLOと変わらないのが意外だった。まあ、そのうちギシギシと音を立てるのだろうけど。シートはアルカンターラのためか、やや柔らかい。そして僕には広大過ぎた座面がやや狭く、いい感じ。でも心配なのはブレーキを踏むたびに「カクッ」って金属音?が発生する。かなり不安で早速見てもらおうと思っている。
 箕面から自宅までの120kmほどの走行だったが、かなり緊張し車庫に納めたときにはのどがカラカラになっていた。今から適正化(オーナーによる製品の最終点検)が始まる。
 ホイールセンターにある TVR のロゴが入っているキャップとシフトノブは、前のタモーラから移植してもらった。ブルーのトップの移植も勧められたけど、これは遠慮した。ほんの少しだけだけど前のタモーラが今も生きている。
                                     (28th September, 2005)



10月の真夏日、ヒーター全開

 前述のように納車当日、シートベルトが延びきったままになり、その他にもお願いすることがあったので、そのまま預けて帰り、4日後の水曜日に乗って帰る時、ブレーキよりの異音に気づいた。場所が場所だけに今日、すぐに見てもらうため再び箕面にある、サンク大阪サービスを訪ねた。
 メカの方に症状を説明、リフトアップし、各部のガタ、緩みを丹念に探す。結局はブレーキキャリパーの中でのブレーキパッドの「遊び」のため、ブレーキをかけるたびに「コンッ、コンッ」って音が発生していたらしい。左右前輪のブレーキパッドを取り外し、ブレーキ用のグリスを塗布したら見事に音はしなくなった。
タモーラをリフトアップ

    原因はブレーキパッド
 帰りはその音が聞こえなくなっただけで、とても気分良く、勝手なものでどんどんタモーラが、自分になじんでいくように感じた。神戸・三宮で用を済ませ、しばらく街中での小渋滞。水温計は100℃を超えた。前のタモーラは95℃を超えることはなかった。個体差なのか?強制ファンスイッチをつけたという知人の事を思い出した。「まあすぐに、高速に入り水温は下がるだろう」とあまり心配せずに明石大橋を渡り、いつもの淡路の高速を3,000rpm程度で走る。暑い、エアコンは働いており冷たい風が出てきているのに暑い。もう夕方で太陽はオレンジ色になっているのに。
 左足首付近に熱風が吹き出している。足元の吹き出し孔はしっかり閉じていて、エアコンの温度調節は一番冷たいところにセットしている。ここにセットすれば足元にからは温風は出なくなるはず。壊れているねコレ。修理の帰りに新たなトラブル、マセ以上か。
今日から10月、でも真夏日なのは記録的という。         (1st October, 2005)



完全復活

 昨日までの蒸し暑さとはうってかわって、今日は清々しい休日の朝を迎えた。朝食もそこそこに、もちろんトップをはずした状態でタモーラを走らせる。いつもとは違い、コースを北に向け、淡路島の中程を進む。秋らしい景色と少々ひんやりとした空気が最高。「慣らし運転」中だけど3速に入れっぱなしで、十分に走ることが出来る。津名一宮ICより高速に入り、一気に南下、鳴門大橋を渡り鳴門スカイラインに向かう。高速ではたくさんのミニバン、観光バスに追い越されながら走ったが、風や音を感じながらの走行も心地よく、さらに追い越していく車からの視線を感じて、かえって刺激的だった。
 鳴門スカイラインでも多くのバイクに先を譲り(前ならその後を追い回したけど)堀越海峡、小鳴門海峡の景色を楽しむ。スピードを上げてカーブを通過する以外にも、楽しみは十分にあるのだ。正直なところは事故の事を思い出し、左コーナーの出口は怖くて、こんな余裕のスピードと路面なのにアクセルに足をのせているだけ。

 再び鳴門大橋を渡り、淡路島南ICで高速を降り、うずしおラインを通る。写真は、タモーラで大回転した現場。直角に左のガードレールに向かって停まっていたのを思い出す。フロントが突っ込んだ写真右前方の山側は、まだ木が折れて倒れ地肌が出たまま。よくもまあ、他の車が来なかったものだと、改めて自分の幸運さを感じ、また無謀さを反省した。そしてまた、タモーラでここに再び来られた事に感謝した。今度こそ、大切にしたい。
                                      (16th October, 2005) 



初回点検

 今回のタモーラも当然、もう一度「慣らし運転」が必要。最初の500kmは3,000rpmまで、以後3,500rpmそして4.000rpm近くまで回転をあげ、先日1,000kmに達した。このためオイル交換や初回点検のとその他の不具合を見てもらうために、ディーラーのサービス工場に預け、今日引き取って来た。

 今回の不具合のひとつはエアコン。風の吹き出し口はダッシュボード上のデフロスト用、身体向け、足元用と温度設定によりフラップが開閉するようになっているのだけど、これがうまく作動していなかった。一番低い温度に設定したら、顔の方には結構冷たい風が出てきていたが、ダッシュボードと足元からは温風(熱風)が出てきていて、吹き出し口を閉じてもその手前までは温風が来ているものだから、すき間から熱い風が出てくる。さらに熱がこもるからダッシュボードからシフトレバーは異常に高温になっていた。エアコンオフの方が涼しい。これはフラップの調整でしっかり開閉するようになり、快適になった。

 次はステアリングが少し左側にオフセットしている。こんなものだと言われれば仕方ないが、前のタモーラは正中にあった。これも調整で気持ちよく真ん中に。

 左ドア付近からの軋み音が激しかったので、ドアの取り付け位置の微調整をしてもらったが、これは改善見られす。再び家庭用の「ドアのすき間テープ」を貼り付けてみようと思っている。

帰ってから気づいたオソマツさまだが、なんとオド・メーターが振り出しに。1,000kmで点検に出したのに127.8kmを示している。これはほぼディーラーから自宅までの距離。

こんなに簡単にリセットされていいの?
再び新車に!
 帰りはおおむね気分良く、快適に走って帰ることが出来た。まだまだ右側をミニバンに追い越されるスピードだけど、またこの車を「運転できる喜び」と、その追い越していく車たちに対してなにか「優越感」を感じながらの帰宅だった。
                                      (5th November, 2005)



眼内異物摘出術

 タモーラはとても愛くるしい顔をしている。その重要なパーツのひとつが、このヘッドランプの形状。休日の朝、軽く走った後の汚れを拭き取っていたら、なんとこのヘッドランプカバーの中に1匹のハエが入っていた。
 どこから?カバーはコーキングされてるし、バルブ前のレンズも接着されているはず。もちろんどこかにすき間があり、入り込んだのだろうけど、琵琶湖のなんとか漁と同じで、ここから自分で出る可能性はほとんどない。

 やっかいなことになったと思いながら、叩いたり、ヘッドランプを点灯したり、再び走りに行ったりともがいてみたが、数時間後にはこのハエは動かなくなり、「昇天された」ようだ。このスペースの最前方に、はっきりと見える位置で。
 3200GTが同様の構造で、ムシではないが部品の一部がここに脱落。見えてるのに外からは何とも出来ず、ヘッドランプユニット交換になった事がある。
 ジャッキアップして、タイヤをはずした。ホイルハウジングの一部のカバーを取ると、この裏側に到達できるが、その後どうすればレンズをの前方にアプローチ出来るかわからず、途中でやめた。前方から、カバーの一部に穴を開け取り出すことも考えた。練習のため、手元にあったアクリル板をはんだコテで穴をあけ、ヤスリなどで穴を広げピンセットを差し込んでみた。これで何とかなると思ったが、このカバーに穴を開けてしまうのは忍びがたく、実行する前にやっぱりディーラのサービスに持ち込んだ。

 サービス工場で、ホイルハウジングにある、ヘッドライト裏面のカバーをはずしてみた。幸いなことにヘッドランプのレンズは粘着固定じゃなく、ビスで固定してあった。(後で思えば、こうしておかないと光軸の調整が出来ないのに)

 うまくヘッドライト本体を取り外せ、ホイル側からヘッドランプカバー内に到達出来た。めでたくハエを摘出することが出来た。
逆ので順で元にに戻す。よかった!

 お礼を言って帰ろうとしたところ、工場長さんがマフラー先端とマフラーカバーが接触しているのを見つけた。このためにリアのディフューザーのようなパネルとカバーを取り外した。

 カバーの中には黄金色に輝く本体が現れた。この方がカッコいい。でもこれだとナンバープレートが取り付けられない。っていうか、簡単にナンバープレートが取り外せる事がわかった。マフラーとカバーの取り付け位置を調整して元に。

このようにリフトアップすると、自宅の車庫では見えないところがよく見える。メカオンチの僕に出来る事は少ないが、こんなリフトがあればいいな。
脇にそっと置かれていたspeed six、このように見るとその大きさに迫力がある。

  ハエ1匹で、ヘッドランプユニット交換。サービスセンターのメカのおかげでとてもいい方向でこのようなこともなく解決することが出来た。人騒がせなハエは僕の3日間を憂鬱はものにし、高速道路代とその移動時間を拘束させ、メカに終業を遅らせた。
「たかがハエ一匹」のために。でも、帰りの運転は勝手なもので、音も震動も快適なものに変わったように感じ、ますますタモーラが好きになった。


サンク大阪サービスの方々、本当にありがとうございました。

                                      (16th November, 2005)



もどりがつお

 SCC秋のツーリング、再び高知を訪ねた。目的は前回の四国カルストへの道がすばらしかったが路面がウエットだったことと、おいしいものづくめの「わが舎」への再訪問。前回と同じ高知市内の露天風呂があるビジネスホテルに投宿。「わが舎」で初めての戻りガツオを食べた。ポン酢も醤油もつけず、ワサビとニンニクスライスのみで食べる。ほどよい脂と芳ばしい味がすばらしかった。今回は「はりまやばしドコ?」はなしだったが、その後、前に訪れたジャズ喫茶をまた探し得た。色々と情報を聞き出すが、ここのマスターによると次は「赤目」を試すようにとのこと。次に「わが舎」を訪ねるなら「赤目って食べられる?」って聞きたい。

 今日は前と同じルートで天狗高原をめざした。紅葉を求めた車たちの渋滞が心配だったが、それもなく快適に、でも路面は今日も少しウエット気味、さらに大量の落ち葉が舞う。これを巻きあげながら走るポルシェの後ろは美しかった。でも8月の自損事故がトラウマとなり、突っこめないものの適度の緊張を保ちながら、楽しく走る事が出来た。帰りは「いよ西条」に向かう道を選択、このルートもよかった。四国は総じて車の数が少ない。夕方には無事帰る事が出来、いつもながらの楽しいツーリングだった。

 帰ってから「もどりがつお」を調べてみると、こんな記述が見つかった。

宮城県民はカツオ好き、これ、なぜかあまり知られていないようです。仙台市のカツオ消費量は全国でも常に2位か3位。不動の1位は土佐の国高知市ですが、あちらでは初ガツオは食べられても、9月からのもどりガツオは賞味できません。三陸のさかな通は「脂ののりきったもどりガツオこそカツオの真打ち」とゆずりませんよ!
 南国高知では、土佐づくりの別名もあるカツオのたたきが有名ですが、戻りガツオは小細工なしの刺身で! 厚めにひいた身からショウガ醤油の表面に、ぱぁっと脂が散り、うまさが一目でわかります。野性味のある、舌を包み込むような食べごたえこそ、カツオの醍醐味。鮮度がよいと嘘のようにカツオの臭みがありません。

記載のとおりのすばらしい「もどりがつお」、でも高知にもありましたよ。
高知市内はこのように楽しい看板やのれんがたくさん。若い人たちが週末を楽しんでいた。

 「たっすいが」 ???
 「トリスでバリ島」???
天狗高原は今回もやや視界がよくなかったが、ここにたどり着く道に満足。この後、DVDカメラでの撮影会となった。

実は震えるほど寒かった。

     また、ここを訪れる事になると思う。  僕たちも「もどりがつお」
                                     (27tn November, 2005)



寒波襲来


 天気予報によると、この週末は大荒れの天気だそうだ。毎年12月はそれほど寒くないなあって思っていた近年だけど、今年は特にこの1週間、かなり寒い。このために、さすがのタモーラもオープンで走る機会がない。今週末には遠くからお客さんが淡路島に来てくれるので、絶対にオープンにして迎えようと思っていた。でもこの寒波襲来のため、淡路島のおいしい海の幸を昼食に楽しんでもらおうとの計画、中止にせざるを得なくなってしまった。

 今回は、なじみの方々に加え、高知・土佐市から3200GT(6MT)にお乗りのかたと、そのアルフィスタのご友人が来てくださる事になっていた。このページを通じてのお知り合いが増え、お会いできる機会だったのに、とても残念。でも自然にはかなわない。


                  ☆ ご参加予定の皆様へ ☆ 

           誠に申し訳ありませんでした。
           これに懲りず、また淡路島にお越しください。
           民宿のおばちゃんもゴメンネ。

                              (16th December, 2005)


 追記

 オフ会予定だった当日は、やはりかなりの厳しい冷え込みと、うちのあたりでもうっすらと雪化粧。四国側の高速道は通行止めとなっていた。これまであまり気にしてなかったけど、四国池田から高知道って結構山深い所。おとといの中止の判断は正解だったとしておこう。
                                     (18th December, 2005
)



アドレナリン大放出

 数年前から僕はレイノー現象(Raynaud 's phenomenon)に悩まされている。寒い時期になると、両手の指先がジンジンと痺れたようになり、そして冷たい。時には指先が真っ白(黄色人種だからやや黄色みを帯びる)になることも。近くの外科の先生に相談したら、「あんたは高校の頃からバイク乗り回してたからや」って言われた。確かに長期間の振動が原因になることもあるようだ。僕の場合両手の指、ほぼ左右対称に色調が変化するから、器質的なものではなくて、機能性末梢動脈疾患のひとつということになる。


  人差し指の先端が白い
  中指より小指の先は紫色
 何を言いたいかというと、この前の日曜日、寒い時期でも週に一度はタモーラを動かしておこうと思い、寒い中いつものコースに出かけた。残念ながら、慎重な運転手の後に付いたから我慢の運転。ある場所で、先を譲ってくれ、アクセルを踏み込み数個のコーナーを通過したとたんに、両指が痺れ、その指先は真っ白になった。これは明らかにタモーラの走りの刺激が、僕の交感神経を刺激し、神経末端からアドレナリンが放出され、α1アドレナリン受容体に結合した結果、末梢の動脈が収縮したことになる。前から運転中いつの間にかなっていた。運転中はリラックスして嫌なことも忘れ、副交感神経優位になっているはずなのにといぶかっていたが、今日はタモーラの刺激が強烈で、その一瞬の変化がわかった。確かにアドレナリンが放出されていた。
                                     (19th December, 2005)




2005年を振り返る

 昨年の暮れには、車庫にある3200GTとタモーラを眺めながら、「今が一番車で贅沢をしている」って思っていた。だから「調子に乗るなよ」って自戒したつもりだったが、その時には思いもよらなかった状況で今年の年末を迎えた。

 1月 : 初詣にも行かずタモーラに元旦から初乗り。左側のドアが開かなくなる。
 2月 : 3200GTでムルシを追いかけた直後、ATF漏れにより白煙に包み込まれる。
 3月 : 3200GTのタイヤをTVRと同じTOYOのProxesに交換。同時にシャコタン化。

 4月 : 伊勢方面へのツーリング中、タモーラのタイヤがバースト。JAFのお世話になる。
     神戸のTVRディーラーがなくなってしまう。
 5月 : 和歌山Needle mouseの月例会に参加。TuscanとT350cと3台を並べた写真。
     ちょっとしたことより、3200GTを手放してしまって後悔した。
 6月 : 知り合いになったTVRやマセ関係の人たちと伊毘の民宿で食事会。
 7月 : 「はりまや橋どこ?」って声をかけ続けた、大雨洪水警報発令中の四国カルスト
     へのツーリング。
 8月 : タモーラで暴走の末、自爆。10年以上乗ったゴルフVも同日廃車に。
 9月 : 色々考えた末、2台目のタモーラを手に入れる。ゴルフの後継はポロに。
10月 : コンタクトレンズに初挑戦。初めて装着しての神戸からの運転は今思えば無謀。
11月 : 再び四国カルストへ、2台目のタモーラで向かう。「もどりかつお」に感激する。
12月 : 再度淡路島の伊毘で食事会を計画したが、12月にしてはめずらしい寒波が襲来
     してしまいキャンセル。

 この様に思い出せば、けっして平凡な一年じゃなかった。けれども今年も車を通じて、大勢の方々とお知り合いになることが出来た。このつながりを今後も大切にしたい。もうすぐ迎える新しい年は、タモーラとどんな楽しい事を経験出来るのだろうか。

 このサイトを見てくださっている皆様、ありがとうございました。新しい年もよろしくお願いします。







(31st December, 2005)

オイル交換など

 2回目のオイル交換というより、左ドアの窓付近からの軋み音がひどくなり、これの調整とついでの早めのオイル交換のため、サンク大阪へタモーラを先日あずけた。ここは仕事が早く、当日でも仕上げてもらえることが多い。しかし、普段めったに乗ることのない公共機関を乗り継ぎ帰るのも、楽しみにしているのであずけておいた。その翌日に修理完了の連絡があったので、昨日も電車などを乗り継ぎ、引き取りに行った。
       依頼項目は
             @ 助手席側ドアからの軋み音解消
             A ヘッドランプ光軸調整
             B AとB・Cペダルの関係が変
             C ついでのオイル交換


 左ドアの軋み音は、明らかに窓ガラスが前方に寄っている(左右同じ程度にガラスを下げると、Aピラーとの隙間が全く違う)事による軋みだと思うので調節してもらったら見事に音は消失した。これだけでかなり快適に。ただし、高速域(140km/h以上)で風切り音が発生した。それ以上出すなよと言うことかな。

 夜間の運転はあまりしないのだが、ヘッドランプが暗いのと光軸が低い感じがしていたので、高輝度のバルブ(120/1300w)への交換と、光軸を少し高くしてもらった。帰りはちょうど暗くなったので、早速様子を見てみるが、残念ながらまだまだ暗い。これはランプ自体の構造かもしれない。T350cはプロジェクターになってるのかな。

 もちろん、オイル交換、サンク神戸ではアジップだったが、サンク大阪ではエルグ・オリクロン。3200GTで使っていたセレーニャよりかなり安い。メカオンチの僕には違いは全く分からない。

 もう一点は、ブレーキとクラッチペダル、特にクラッチの位置がどうもしっくりしないこと。前のタモーラはよかったのに。今回両方とももう少し前方(奥へ)に調整してもらう事にした。帰りに見送ってくれた工場長さんの前でいきなりエンスト。「感じがだいぶ、変わったでしょ」って慰めてくれた。帰りの運転ではかなり変化が見られた。
今日、改めて車庫でのぞくとロッドとクラッチペダルをつなぐシャフト位置が上のホールに変えられていた 写真はブレーキペダルのホールを移動させた時のもの
      クリックで拡大
 →
同様のことをクラッチペダルで行う(今回は逆)
 具体的には踏力はやや重くなったが、ストロークはかなり短くなった。こちらの方が僕の好み。しかし、やり過ぎた感じなので、今日自分で少し戻すことにした。

 前にブレーキペダルでおこなったように、ペダルからロッドをはずして調整するが、この時にペダルとロッドをつないでいるシャフトを止めているE -リングをアルミのプレート内に落としてしまった。これの名前は今日知ったのだけど写真のように確かに‘E ’の筆記体に似ている。
 このプレートをはずすのは大変なのであきらめ、すぐにホームセンターでよく似たものを調達。これによってペダルをもう少し前方に移動してみると抜群にいい感じとなった。この後の試乗では、気持ちいいので意味のないギアトチェンジを繰り返していた。でも、この部品だけを見ても美しいものを使っているなと改めて感心。次の休日には、ブレーキペダルペダルをもう少し動かしてみよう。
                                      (22nd January, 2006)



サーキットへむかう

 997カレラに乗る友人が、最近サーキット走行を楽しんでいる。彼に、次に機会があれば誘ってよって言っておいたら、先日連絡があり、2月5日に岡山国際サーキット(旧TIサーキット)に行くからどお?とのこと。早速、先週ショップに付きあってもらって、写真のような一式を手に入れた。レーシング・スーツがあれば望ましいけど、またの機会でいいとのこと。
 5日当日は朝早くからの走行なので、前日サーキットに併設されているロッジに宿泊することになった。写真のようにペンション風のおしゃれなロッジで、一棟に8名が宿泊可能。そしてそれぞれの部屋はシングルルームとしてバス・トイレ付きで独立。その部屋も広さ20数uはあるゆとりの部屋だった。10数年前にF-1誘致のためにつくられただけのことはある。
今回のグループは、ある地区のポルシェクラブの人たちで、サーキット走行を楽しみたい人たちのサークル的なもの。だからクラブ員じゃない僕も参加させてもらえた。毎回ひとりのプロ・レーサーとチューニング・ショップのメカをつれての行事で、さすがにポルシェクラブ。色々な人脈があるようで、僕にはありがたい限り。前日泊は僕を含めて5名でこのロッジに泊まる。




 遅くまで、走行中のビデオや、皆の「武勇伝」を聞いた。翌朝、うっすらとではあるが雪景色となった。8時頃には当日参加の3台が到着。同じ頃そのメカニックとプロ・レーサーも僕たちの泊まるロッジを訪ねてくれた。この天候ではさすがに早朝の2輪の枠は中止になったようだが、9時を回った頃には薄日もさすようになり、コースの準備も進められているようだ。
写真ではわかりにくいが、タモーラ、997、996RS
の上や路面に積雪が。

 入会の手続きを済ませると、左のコース図を元にローカル・ルールなどの説明を受ける。普通は1時間程度の座学を受けるようだが、プロレーサーがグループ内にいるからと省略してくれた。右のような会員証の交付も受けた。

ゼッケンと養生テープで
タモーラもこの様に

    ひとつの走行枠をこの
   程度の台数で楽しめる

 プロレーサーの方は、とても親切だった。ピットアウトとピットインの方法を教わり、後についてくださいとのことだったので、一周し再びパドックに戻ると「さあ、どうぞ、好きに走ってください」。えっ!!!スキーの初心者を頂上まで連れて行き、下で待ってるよっていうのと似たもの。こわごわながらも、サーキットでの走行を楽しんだ。

 しばらく休息の後、このプロレーサーがタモーラを運転してくれ、それに同乗する機会が与えられた。プロとはいえ、TVRは以前にサーブラウを一度運転したことがあるだけとのこと。さすがに一週目は素人目にもギクシャクした感じだったが、そこはさすがにプロ。二週目はかなりスムースな運転となり、三週目には前を走る車をどんどんクリアしていった。加減速時・コーナーリングで結構車は暴れていたが、さすがにひと操作で安定させている。

   周回後に感想を聞いたら、以下のようなコメントであった。
       @ポルシェと違って、挙動がかなりシビア。コントロールは難しい。
       Aブレーキはダイレクトな感じで、十分な効き具合。
       BタイヤをSタイヤじゃなくていいから、もう少しレベルの高いものに
        交換したら、もっと安定すると思う。
   おもしろい車ですねって言ってくれた。
いい経験と嬉しい言葉だった。

 彼が降りるときに、「この車どうしたらドア、開きますか?」って。思わず・・・!
 ヤッタッ!
本気の人はこんなタイヤ
に交換している


     メカニックが細かい
      所までみてくれる
 予定の走行を終わり、ゼッケンなどをはずし、最後にメカの方が空気圧を調整してくれた。左は帰ろうとする前の一枚の写真。後ろはメインストレートと観客席。

 正直なところ、この時はかなりほっとした。帰りの高速道路では休日の夕方、大阪方面に向かう速い車もいたけど、サーキットを経験した帰りからか、「そんなに急ぐなよ」って言う余裕が。

 今回、初めてお会いしたにも関わらず、暖かく迎えていただいたポルシェクラブの萬雲塾の方々、そしてCOCKPITのメカの方に感謝します。ありがとうございました。今回は走行のじゃまになってしまったと思いますが、これに懲りず、また参加させてください。
                                     (4・5th February, 2006)




真冬にオープンにしてみると

 僕のブログにも書いたのだけれど、今年初めてタモーラをオープンにして走った。昨夜から、絶対に今日はそうしようと思っていた。タモーラの場合、最近のオープンカーのように「フックをはずして電動ボタンを押すだけ」なんてことはもちろんなく、リア・ウインドウ付近の「支え棒」を左右折りたたみ、タルガトップをよいしょと取り外し、これをトランクにしまうという手順が必要だが、これも儀式と考えれば、また味わいのあるもの。ただしこの季節、リアのアクリル製のウインドウは低い気温のために硬くなっていて、リアクオーターをおろすときには無理やり折りたたまれているようで、かわいそう。
 水温計を見ながら走り出すが、足元のヒーターからの風はまだ冷たく、サイドウインドウを上げていても巻き込む風ももちろん冷たい。でもこれにもまして、タモーラの発する音は心地よいし、5.000rpm以上に回転をあげたときの「咆哮」はクローズの時にはけっして感じられないものだ。そして、自分の車だけでなくまわりの音、匂いまでも感じる。今日はいつもの「うずしおライン」からさらに海辺の方に下りていったので、潮の香りや漁船のディーゼル音まで間近に感じられた。
 ほんの1時間弱のドライブだったけど、帰ってからはストーブの前にへばりついても、身体はなかなか温まらない。伊・独などのよくできたオープンカーは真冬でも足元は温かで風の巻き込みも少なくて快適らしいけど、タモーラの場合は少々の「忍耐」が必要。でもこれで得られるものは決してそれたちに劣っているわけでなく、それ以上のものだと思う。ミニバン助手席からの視線は決して哀れみじゃなく、きっと憧憬であったと信じたい。
                               (19th February, 2006)



フット・レスト

 タモーラに限らず、TVR車にはフットレストがない。エンジンを本当にフロントミッドシップに置くことにより、かなりセンタートンネルが出っ張ってしまい、クラッチペダルの左側にはそのスペースがない。僕のような小柄な足でも、ドライビングシューズならここに入るが、幅広気味の靴では引っかかってしまう程度。前からここに「あればなあ」と思っていたけど。
  今回、そのような部品が見つかったわけではない。タモーラのブレーキとクラッチペダルはかなりの範囲で位置の調節が可能。ここでまた移動させてみた。今回の位置では左足の踵をオルガン式のペダルのヒンジ部に当てることで、踏ん張ることが出来る。そしてそのまま左足を移動することなく、クラッチペダルを踏み込むことが出来る場所となった。もちろん踵でかなりの力で踏ん張っても、てこの作用点より支点に近い場所なので踏み込んでしまうことはない。

 少しだけ奥に調整しただけだが、非常に具合がいい。そうか、TVRがオルガンタイプのペダルを採用しているのは、こんな利点もあるからかと感心した次第。(たぶん僕だけの解釈だと思うけど)


 話ははずれるが、タスカンにお乗りの方が、以前にクラッチペダルの形状がどうしても合わないからと、自作しっちゃったことがある。試作品の写真を見せていただいたけど、それは美しい仕上がりと、もちろん機能的な形状をしていた。いまごろはそれから改良を加え、快適なクラッチ操作をされているのだろうな。この様な技術があれば、さらに楽しみが倍増するのに。
                お許しがあれば、紹介したい。
                                        (4th March, 2006)




自作クラッチペダル

 もちろん私の作品ではない。昨日ホームページにクラッチペダルのことを掲載したところ、早速ここで紹介することに、ご快諾いただいた。
 そしてこの写真。このような美しい、そして使いやすさが伝わって来る形状と仕上がり具合。蛇足だが、写真上が本来のもの、下が今回の作品。
 これを作成された方は、もう少し細かい分野の作品をデザインされ、つくられているクリエイティブな方だけど、このような方たちが「つくる」と言うことは、対象になるものの大きさ・分野、そして自分の仕事の範疇に関係なく、自分が納得できるものを「創る」ことのようだ。
 このカーブしてスリットが与えられた部分に、僕の左つま先が踏み込む様子、想像してしまった。どんな踏み込み具合なんだろう。
http://www.concept-y.com/
                                         (5th March, 2006)




空気水流併用強制クーリング

 先月に続き、今月もポルシェクラブの方のご厚意で岡山国際サーキットを走るチャンスが得られた。今回は数ヶ所のポルシェクラブ合同走行会なので、これが終了した後に、「まだまだ走りたい人」のために確保した走行枠に参加させていただいた。もちろん前回と同じように、メカニックとアドバイスしていただけるプロドライバーも来てくれていて、僕にも「どーも」なんて声を掛けてくれる。また、先月ご一緒させてもらった人たちにもあいさつするが、ほんと気さくな人ばかりだ。
 TVRなんて普段見かけない車に乗っているからということもあるのかもしれない。とにかく、全く知らない人たちの中に飛び込んだけど、同好の者同士ゆえ、とても居心地のいい所である。
 右や左のような「すごっ!」というしかないのに混じって、走行が始まった。先月の感触を思い出しながら、自分なりに一生懸命走り始める。
青旗が振られバックミラーを確認すると、この様な車が迫ってきて、あっという間に置き去りにされる。 ポルシェ以外では、僕のタモーラとこれだけ。こんな中で走っていいのか?と思いながら、楽しませていただく。
 がんばる。ヘアピンが迫ってくる。ここでブレーキが抜けたらとか、片効きしたらどうなるの?なんて思いながらの怖々150km/h以上のスピードからフルブレーキング。そして、おしりの辺がグニュって滑り始めているのを感じながらコーナー脱出時のアクセルの踏み込み。コーナー手前の減速でアクセルを煽ったはずなのに、回転数が充分上がっていないための後輪の悲鳴。1回の走行枠は30分だけど、ほんの15分を過ぎた頃には喉がカラカラになった。タイヤのグリップ感も落ちてきたのが、僕なんかの超初心者にも分かったので、身体のクーリングを兼ねピットイン。
 気さくなメカニックが、「どうしました?」って声を掛けてくれる。「いやぁ、身体が持ちません」なんて数分話したあと、再び出発しようとしたら、「水が漏れてるから、パドックの方へ」って。
  なんとオーバー・ヒート!


 すぐにオイル・キャッチタンクに水を入れて持ってくれてくれたが、この車にはリザーバー・タンクがないのが分かると、写真のようにラジエーターにホースで水を掛け、エアー・ガンで吹きつけ強制冷却。
 そうか!こんな方法もあることに感心。プロ・ドライバーも心配してのぞき込んでくれる。僕をここに誘ってくれた、最新の997カレラに乗る友人はこれを「空気水流併用強制クーリング」って命名。皆さんにご迷惑とご心配をかけてしまったけど、この様に即時に対応してもらえることに感謝。
 これを10分ほど続けたら、水温計は80℃台に下がってきた。続いての走行には問題ないとのことだったので、せっかくの機会だから、次の走行枠にも参加した。
 今回のオーバー・ヒート騒ぎは、たぶんこのラジエーターキャップからの漏れの様子。深刻なラジエーター本体やホースからの漏れではなかったみたい。

 後で考えたら、僕なりに「ひっちゃき」になって走ったけど、その後のクーリング走行をしないで、ピットに入ってしっまったのが原因らしい。
 このことは、次の走行の後に、ピットインする前に、一周だけだがゆっくりと走った後には、水温は上がらなかったことで実感することができた。マセラティーのようなターボ車じゃない車にはクールダウンはいらないと思っていた僕はもちろん、ポルシェオーナーの人たちも、サーキット走行後の「クールダウン」は必要と感じたみたい。この様なことはポルシェではきっと発生することはないと思うけど。

                またいい経験をした。

 サーキットというのはやはりすごい世界。先月もそうだったけど、翌朝起きた時、身中が痛い。ガチガチになって運転しているのだろうな。         (6th March, 2006)




湿気

 今年の天候は例年と少し違うようだ、一昨日・昨日と季節はずれの台風のような、大荒れの天気。昨日の車庫の中はひどい湿度で、車のボディー表面全体が水蒸気で覆われているような感じだった。そして今日見てみると、さすがに午後から晴れたためにそのようなことはなかったが、タモーラのブレーキディスクが薄いサビで覆われている。洗車後に放置したとき等は見られるが、この様に駐車中に湿気だけでさびてしまうのは初めて見た。隣のVW車はそんなことはない。
 そのままにしておくのも気分が良くないので、サビ落としのために近所をひと廻りしてくることにした。最近は復活したバイクに気が向いているので、タモーラの運転は久しぶりのような気がする。つむじを曲げないように、時々は乗っておかないと。今日乗り始めてすぐ、とても各操作が軽く、そして静かで、振動も少ないように思った。タモーラってこんなに快適だったかな?
 たぶん最近運転しているバイクの振動と操作の重さにより、この様にタモーラが快適に感じるのだろう。TVR車とはいえ、イタリア旧車バイクとは比べてはいけない。そろそろ今年も、除湿器を用意しようかな。

 そうそう、ブログで紹介した「つなぎっぱなしバッテリー充電器」はうまく作動しているらしく、ドアを開いてルームランプが点灯すると「充電モード」に、しばらくすると「メンテナンス・モード」に切り替わっている。 タモーラはバッテリーが直接見えなくて、左前フェンダー後方にあるコネクターに専用ケーブルをつなぐ。だから、そこにこの充電器を接続。
  バイクにうつつを抜かしている最近、この様に作動しているのが確認できるのは心強い。
                                        (12th April, 2006)





スピン、今度は右回り

 再び、岡山国際サーキット。昨日までのぐずついた天候とはうってかわり、朝からいい天気になった。雨のサーキットなんてとても怖くて、今回は見学にしようかなと思っていた。
 今回も参加させていただいた萬雲塾のメンバーの多くは現地で前泊。僕は早朝に出発した到着したのはちょうど7時頃。家からは2時間以内でちょっと早すぎたかなと思っていたら、見覚えのあるポルシェ数台がロッジからパドックの方に向かっている。8時からの第1走行枠に参加するためだそうだ。結局この枠は4台しか参加なく、後で聞いたら走行中はひとりで貸し切ったみたいって言っていた。見学していた僕は、ちょっとうらやましかった。

 写真の計器は、ご存じの人も多いと思うが、サーキットでのラップタイムを計測・記録できるP-LAPVというもの。本体から伸びるコードの先端にあるのは、コース内に埋没されている磁石からの磁気を感じる磁気センサーで、タモーラのドアの下に取り付けた。塾の方から、漫然と走っていても上達しないので、これを取り付けて毎周回の時間をチェックしなさいと言われ購入した。自分の遅さが数値で明らかになるのが恥ずかしく、取り付けにためらってはいたのだけど。

 これを取り付け、後の走行枠で走り始めた。前回から2ヶ月たつので、その時のことを思い出しながら数周を走行、事はバックスストレートへのコーナー手前での減速中におこった。コーナー通過中もしくは出口でのスピンはわかるが、直線でのスピン。これは情けない。原因はシフトダウンで回転数が十分に合わせられなくて、後輪が悲鳴を上げ、ここでバランスを失い右回転。幸い、直線なのでコースアウトすることなく停車した。近くの監視台で他車への「黄色旗」が激しく振られているのが目に入った。「しまった迷惑をかけている。」 エンジンは3回目のセルスタートでかかったので、ゆっくりとパドックに帰る。この塾でお世話してくださっているプロ・レーサーの方に話したら、走行に問題ないから、「気が静まったら、再出発してください」 とのこと。なるほどそうだ。車が壊れたわけじゃなく、自分の気持ちの事だけ。そして決して、この計器をつけたから、よいタイムをださないといけないわけでもない。 終了後、さっきはどうしてたの?ってメンバーから冷やかされた。

 30分ほど休憩の後、もう一度走る。そう、「気を静めて」マイペース。ひとつひとつを慎重にやっていけばいいと言い聞かせる。周を重ねるたびに、「黄色旗」が数ヶ所で振られた。何と3ヶ所でコースアウトした車が・・・。 よかった、先日取り付けてもらった牽引フックが活躍しなくて。
                                        (14th May, 2006)




サワラ と ヤマト

 SCC春のツーリング、今回で6回目となる。僕が広島・呉にオープンした大和ミュージアムに行きたいと言うと、メンバーのひとりが、じゃあ今が旬の「鰆」を広島で食べようと言い出したので、ある情報網(大袈裟)を使い、「鰆」に自信のあるお店を探し出してもらった。
ここで「鰆」について勉強


●春だけの魚じゃないのに鰆(さわら)●

 サワラは魚偏に春と書いて「鰆」(さわら)と読む。この一文字でやさしい早春の息吹を想い起こすような美しい漢字だが、実は命名されたサワラ自体は春だけの魚ではない。
 春を旬とするのは瀬戸内海などサワラが産卵にやってくる時期が春の地方でのこと。サワラは高速で移動する回遊魚なので、群れが沿岸を通りかかる時期がその地方のサワラの旬となる。

 水温が15度以上になる5月頃に、豊後水道と紀伊水道から備讃瀬戸をめざして産卵のために、瀬戸内海に入ってきて、産卵を終えると、瀬戸内海を出て外泳する。サワラは暖海魚で冬場は東シナ海が主漁場で、九州、関東、山陰等でも1〜2月に漁があり、これを寒サワラという。2〜3月を土佐沖、3〜4月を紀州、東海と回遊。実は寒い時期のサワラは脂がのっておいしくなり「寒ザワラ」(かんざわら)と言って、ツウにはたまらない魚なのだそうだ。

 「鰆」の別の語源では、身体の特徴として腹部が狭いので「狭(さ)腹(わら)」と名づけられたとも言われていて、胴体は細長く身体に多数の青色の斑点があり、おおむね体長1m、重さ2kg以上のものを「サワラ」といい、体長が50〜60cmの小型のものは「狭腰」(さごし)と呼ばれている。また地方により呼称が異なり、東京ではサゴチ、西日本ではサゴシ、高知ではヤナギとも呼ばれる。

 サワラはサバの仲間だが、サバより水分が多く身が柔らかいのが特長。その水分含有量は70%で、脂質含有量は9.7%。それが冬の「寒ザワラ」になると脂質含有量が14%にも増えるので、口の中でトロっとなめらかなとろけるような食感となるらしい。
 中トロのマグロにも匹敵するほどのなめらかな食感だが、サワラの刺身が店頭であまりみかけられないのは、色目が白濁して見た目があまり良くないからとのこと。


 広島は意外にも淡路島からは近い。休憩を入れて3時間程度で到着する。市内では路面電車が走る道にとまどいながらも、宿泊予定のホテルに無事到着。早速、予約をしてくれていた割烹料理店に向かう。お店の大将がきて、「今日は小さな鰆しか手に入らず残念、4〜5kgのものがあればなあ」といいながら、色々と工夫を凝らした料理を出してくれた。どこかでチャンスがあれば「寒ザワラ」というもの、試してみたい。



 翌朝、早めに起床し、広島・宇品港から江田島へ渡るフェリーボートに乗船。明石大橋が開通する前は必然的にフェリーボートに乗船しなくちゃいけなかったが、完成以降は乗ったことがない。
 江田島にある海上自衛隊の幹部候補生学校庁舎前にて記念撮影。この施設では無料で、約1時間半の自衛隊員による案内が受けられる。
 もう1枚記念撮影。これが目的の1/10スケールの戦艦大和。江田島の海自第1術科学校から、早瀬大橋・音戸大橋をわたり、呉港に到着。大和ミュージアムに入場するや正面にすぐ。
 さすがの大きさにびっくりする。しかしなんだか、館内にたくさん展示されている1/100スケール程度の艦船・航空母艦や潜水艦の方が、精巧に感じた。10倍大きくしたら、10倍以上リアルにしないと、かえって安っぽく感じる。
 下からの角度では、宇宙戦艦ヤマトのイメージと重なった。

 見学後、港湾にある臨時駐車場に帰ると、966 4Sのフロントガラスに握りコブシ大の石が直撃していた。これにはみんなの顔色が変わった。悪質ないたずらなのか、ダンプなどからの落石なのか?
 突然、996 turbo氏の大きな笑い声。どうにも辛抱出来なくなったらしい。実は彼がこの機会を狙って、今回わざわざ自宅から持って来ていた「いたずら用品」だ。そういえば少し前におかしな行動があったな。4S氏は発見してすぐ「ガムテープ持ってたかな?助手席側でよかった、他にキズはないか?保険はきくのかな?」などが一瞬のうちに頭の中をめぐったとか。

 今回は、ワインディングでのドライブはなくて、いわゆる観光・グルメ旅行となった。こういうのもたまにはいいかも。走行写真は1枚もなくて唯一タモーラが写っていたのは、給油時の一枚だけ。
もちろん、「もみじ饅頭」を皆買い求め、帰路についた。

                      (28th May, 2006)






オイル交換

 現在走行5,500kmぐらい。そろそろ3度目のオイル交換かなと思い、お世話になっているサンク大阪サービスを訪れた。ついでというか、その他の油脂類も交換しちゃおうと言うことで、ミッションオイルとデフオイルもお願いした。実はこの2者とも交換するのは初めてのこと。今まで乗っていた車では、意識することもなかった。じゃ、今度はなぜ?っていうと、周りの人が交換してるからってことだけ。サービスの方に聞くとはじめは5,000km、その後は20,000kmぐらいが適当であるとのことだった。

 作業中、じゃまかなと思いながらも、リフトアップされたタモーラを下からのぞき込む。何度かはのぞいた事はあるけど、見るたびに「へぇ〜」ってのがある。今回はエアクリーナーへの吸気口があんな底にあるのがわかった。

 オイルフィルターも交換してもらったのだけど、やっかいな所についている。なんとあの黒く大きいエアクリーナーごとはずさないと交換できないのがわかった。作業開始からしばらくしてから見に行ったので、何か不具合があって取り外してるのかと思った。おかげで周囲の様子がよく理解できた。

 今日はとても爽やかな天気で、自宅とサンク大阪(片道120kmほど)の往復を、オープンにして走った。さすがに箕面に近づくにつれ暑くなったが、その他はとても快適に走れた。途中993turboやAR-RZ(ES30)との併走は楽しかった。お二人とも「オトナ」の走り方で僕に合わせてくれていたから。高速で割り込んできたRX-8が目の前でバーストし、激しくおしりを振ったのにはびっくりしたけど。

                                 (3rd June, 2006)





これから不安な季節

 今年の梅雨は本当に長い。天気予報ではあと少しで梅雨明け宣言となるとのこと。それを思わせるように、おとといから強い日差しが照りつけている。週末の午後、タモーラをいつものワインディングへ走らせた。ここからというところで、前にゆっくりと走るタンクローリー車の姿が目に入った。せっかくなのに「ありゃー」であるが、このタンクローリー車、新車みたい。近づくと僕のタモーラがきれいに映る。結局、終点までこの後ろをゆっくりと走ることになったのだが、そのタンクに映し出されたタモーラの走行の様子は、カーグラTVなどの自動車番組を見ているかの気持ちになった。

 この様に気分のいいまま、今日は帰ることにした。田舎道だから渋滞はないのだけど、ワインディングから市街に戻り、信号を数回通過しただけで、水温計はすぐに95℃付近となる。この時点でラジエーターファンの片方が作働し始める。この程度の走行ではこれ以上に水温が上がることがない。もう片方は作働していない。知人のTVR車が、オーバーヒートを起こしたときも、ファンが作動していないのが一因だったように聞いているから不安になる。ガレージに帰り、アイドリング状態でしばらく様子を見ていたら、98℃を表示した時点で、他方のファンが回り始め、ほっとした。「ちゃんと水温によって、2個のファンの作働がコントロールされている」みたい。
 安心して、ここでエンジン停止。数分後、試しにキーをONの位置まで回したところ、水温計は一気に105℃にまで上昇していた。     今日も明日も真っ赤
 エンジンを停止してファンが停まったから当然なのだけど、この時点では105℃なのにファンはやっぱり片方しか作動していなかった。

                      どうなんだろ?

 8月に再び、サーキット走行のお誘いをもらったけど、このままでは、行けない。また周りの人たちに迷惑をかけてしまう。
                                         (29th Jul., 2006)




一年前のこの日曜日

 昨夜、ふと思い出した。確か昨年、タモーラを壊したのは、この日曜日だったと。実際には日付は一日早いが、この日曜に間違いない。そんなことを考えながら寝たのだけど、今日は朝5時に目が覚めた。そうだ、この日に復活したタモーラを走らせておこうと。

            昨年動けなくなったタモーラを積車に
            載せているところ
         
夕日じゃなく、鳴門から見た淡路島に昇る朝日。
 顔を洗っただけで、コーヒーも飲まずに、タモーラを四国に向かい走らせた。なぜか、今日はいつもの「うずしおライン」は避けた。同じ日に、同じ事をやっちゃうとほんとのバカになっちゃうから。
 オープンにすると、今の季節でもこの時間なら、爽やかな風が舞い込んでくる。鳴門大橋を渡り、鳴門岬方面に向かうと、夕日のような大きな朝日が昇ってきた。携帯じゃなくデジカメを持ってこなかったことを後悔した。ここから鳴門スカイラインに向かう。もっと「走り屋さん」のバイクがいるかと思ったけど、一台の車もバイクにも会わなかった。ゆっくりとタモーラの動きを確かめながら往復。帰りのパーキングエリアで飲んだ100円のコーヒーがとても美味しく感じた。

                                (6th August, 2006)




タモーラ と ドカ と ポルテ

 まだまだ残暑の厳しい8月最後の週末、日が陰る頃を見計らって、車庫からタモーラとドカを出してきた。いつもはどちらかが留守番。とくに意味はないが、家の前に並べてみた。向こうには最近、うちの一員となった黄色のポルテ。やはり色々な色がある方が楽しい。深緑のポロも並べればよかった。

ここしばらくは暑い中でも、週に一度はこの2台を動かせることにしているので、まずヘルメットをかぶり、ドカを走らせてみる。
 季節がらか、キック一発でエンジンが始動。あの重いクラッチを切り、右足をかき上げ1速にいれスタート。約10km程だが、いつものように軽く流してみる。3,000rpmぐらいで息つきがあるが、それを超えると気持ちよく回転が上がる。15分ぐらいで帰ってきたが、もうすでに汗だくになっている。

 ついでタモーラ、陽が傾いてきたため、タルガトップの状態にして走り出す。こちらはやはりいつものコースに向かったが、さすがに夏休み中のためか交通量が多く、辛抱が続く。トロトロ走行状態でもオープンにしていると室内の熱気は上方に逃げるのか、エアコンオフでも割合快適に乗っていられる。エアコンが効かないTVR車にとって、オープンになるタモーラのひとつのアドバンテージかもしれない。結局コースを変更して、最近売り出している分譲別荘地のある高台に向かった。驚いたことに知らないうちに、風力発電の風車が3基も建設されていた。風力発電って、もちろん環境問題にはいいのだろうけど、むやみに作ると景観は間違いなく損ねられると思う。
 最近気になっている水温は95℃前後を保っている。快適に走っている時には90℃を切る事もある。93℃ぐらいでファン1基が、97℃でもう1基が作働し始め、94℃に下がると再び1基作働になるようだ。そんなに複雑な動きにしなくてもいいのにと思うけど。でもこれを繰り返しているようなので、正常動作なのだろうな。

 今日のところは2台の「ご機嫌伺い」程度にとどめ、車庫にもどった。帰る途中、考えていたことはもちろんシャワー後のビールのこと。ふぅ〜、あつっ!
                                    (26th August, 2006)





6 Porsches & only one TVR

 夏のある雑誌に、兵庫県の日本海側では今、活きイカがおいしいという記事が掲載されていた。最近はグルメ・ツーリング・クラブと化しているSCCでの話がまとまった。さらに前の職場の友人に声をかけたら、写真のように6台のポルシェと僕のタモーラが集まった。まるでポルシェ・クラブのミニツーリングみたい友人が6 Porsches & only one TVR と表現した。今回使用した写真もその友人のもの。
 集合場所からは、言い出しっぺの僕が先頭を走ることになる。背後には毎月サーキット通いをしていて、大きな羽がついている993改がぴったり迫ってくる。否応なく右足に力が入る。前方でミニバンが進路を塞いでいたりしたらホッとしたりの非常に充実した走行。高速から一般道に入れば、さすがに快晴の行楽シーズンでトロトロ走行となる。しかし、往路は高速も一般道もオープンで走ったためか、渋滞中でも爽やかな風が舞い込み、それほど苦痛ではなかった。

 お目当ての活きイカは、9月の後半となってはもうシーズンオフ。このため近くの休暇村・竹野海岸というところでの食事となった。活きイカはもちろんないけど、たくさんの種類を色々と食べられ、こちらでよかったと思う。
 初対面同志のかたもおられたが、さすが共に車好き、食事場所では、親睦を深めてもらえたと思う。SCCのメンバーと私の前の職場の人たちが、ここで楽しそうに話されていることが不思議だけど、これもポルシェというブランドがあってからのこと。
 昼食後は竹野海岸から丹後半島に向け、再び走り出す。やっぱり後ろからは羽付オバフェン・Sタイヤの993が迫ってくる。
 途中、僕が道を間違え海岸沿いから山中に入ってしまった。丹後半島にある碇高原牧場の緑を楽しみながら、のんびり走ろうと考えていたが、時間切れのためにあきらめた。でもこちらも楽しかったし、よしとしよう。山中にある集落の細い道をみんなで通過したときの、現地の人たちの驚きの表情が印象的。
 帰りの中国道は休日夕方おきまりの渋滞。でも裏道をよく知っている方のおかげで、巻き込まれることもなく、快適に明石大橋を渡った。      (24th September, 2006)




再び但馬方面へ

 TVR T350c にお乗りの Tetsuさんのお声かけで、オフ会を開こうということになっていた。Tetsuさんは僕の2代目のタモーラ購入の少し前にパスファインダーブルーという鮮やかなカラーのものに乗り始められていた。以前にも数回お会いするチャンスがあったが、実現しなかった。今回、T350cが4台、タスカン、サーブラウ、キミーラ、そして僕のタモーラが1台づつ、計8台のオフ会となったこの様な色とりどりの車が集まるのもTVRならでは。
 そのTetsuさんと僕のタモーラはこの写真のもう少し右側で写っていない。、一台だけ反対向きは、和歌山のぴえーる号。初めてお会いする方の方が多いが、これは車好き、さらに異端者?同志、話題には事欠かない。
 向こうに見える山小屋風の建物は今年3月に開店した「卵かけ御飯」専門店。お店の様子は、このオフ会に参加された方々が紹介しているので省くが、こんなに生卵と新米が美味しいと思ったことはない。
 この黄身の黄色さ、白身の弾力感。そのおいしさに、「卵をかけた御飯」の写真は撮り忘れたほど。テーブルにある卵は食べ放題。生卵が苦手な僕も3個。テーブル向かいの気さくなおじさんは「10個食ったぞ!」って。
 満足の「卵かけ御飯」オフ会。夕方にささいな用件が入ってしまった僕は、先に失礼した。あいにくの天気のため、計画していた日本海側のワインディングはあきらた。若い皆さんはこの後、出石方面に向かい、「蕎麦」を楽しんだという。

 今回.、満腹の朝食兼昼食は、たったの350円。それ以外の出費はなく、コーヒーも飲まずに帰ってきた。

 その日の我が家の夕食は、「いくら丼」だった。大丈夫かコレステロール。
                              (1st October, 2006)


                       終了

僕のタモーラが帰っていった

 一台目のタモーラに1年6ヶ月、二台目のタモーラに1年。合わせて2年半という期間、英国の「やんちゃな」車を存分に楽しんだが、今日が最後となった。
 先の週末には、タモーラでしょっちゅう出かけた「うずしおライン」「オニオン・サーキット」をもう一度走ってみた。アクセルが戻らなくなり、崖に激突しそうになったこと、一台目のタモーラでスピンし廃車にしてしまったところ。そして二台目のタモーラでそこに再起を報告に行ったこと等々、色々な思い出がよみがえってきた。

 先ほど、購入したお店に僕のタモーラをとどけてきた。
 帰りのバスの中では、さびしさよりもほっとした気持ちが広がってきた。この車に対峙するために、背伸びし過ぎていたのかもしれない。
                             (18th October, 2006)

          

おわり





続・僕のタモーラ 終了のお知らせ と ご挨拶

 この度、本ホームページ「僕のタモーラ」を終了することに致しました。
 このページを訪ねていただいた方、ブログの方にコメントいただいた方、皆様大変ありがとうございました。

 約3年前にタモーラの購入を決め、情報を得ようとネットを検索しました。しかし、詳細な記載があるものを見つけることができず、無謀にも「それなら、自分で作ればいい」とホームページ作成ソフトを購入したことから始まりました。作成上のご丁寧なご助言もいただいた方もおられます。
 この様にゼロから始めた本ホームページですが、今見返すと、結構なボリュームとなりました。また、更新作業も私の大きな楽しみとなっておりました。

 一台目のタモーラは、私の不注意で壊してしまいましたが、まだまだ未消化でしたので、二台目を購入。合わせると約2年半乗ったことになります。この間、飽きることはもちろんなく、多少のマイナー・トラブルはあったものの、深刻なものはありませんでした。そして、今は絶好調と言える状態です。この時に「手放すことに未練はないのか?」ともし聞かれたら、「ない」と答えるとウソになります。

 運転すれば、すべてのことを瞬時に忘れられる痛快きわまりない車ですが、年齢的なものなのか、それが少々逆に重荷となってきたようです。これより受けるインパクトの強さは、過去または今後もこれ以上の車はないかもしれません。タモーラという特別な車を短期間でも所有できたことに誇りを感じます。

 タモーラのページは終了しますが、今後もブログの方は継続、また新しいページも追加しました。これからもよろしくお願いします。

    平成18年10月18日                        tonto